行基と深谷温泉

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深谷温泉との関係性

【 行基・伝説 】−天平年間(729〜748年)、行基菩薩が巡錫で当地に訪れた際に発見したと伝えられています。元湯石屋敷地内には行基が発見した際に守護仏として納めたと伝わる「薬師瑠璃光如来」が安置されています(敷地内に鳥居が設けられている為、明治時代以前は神仏習合していたと思われます)。同じ石川県内にある山中温泉(石川県加賀市)も天平年間(729〜748年)に行基により発見されたとの伝説が残されています。

【 行基・実・年表 】−天平2年(730)、摂津国西成郡(大阪府大阪市)に善源院とその尼院、摂津国兎原郡(兵庫県芦屋市・神戸市)に船息院とその尼院、摂津国嶋下郡(大阪府茨木市・摂津市・吹田市)に高瀬橋院とその尼院を起工。天平3年(731)、摂津国河辺郡(兵庫県川西市・伊丹市・尼崎市・宝塚市)に楊津院、崑陽施院、河内国丹比郡(大阪府松原市・大阪狭山市・堺市東区・堺市美原区)に狭山池院とその尼院、山城国紀伊郡(京都府京都市)に法禅院、山城国葛野郡(京都府京都市)に河原院、大井院、山城国乙訓郡(京都府大山崎町)に山崎院、隆福尼院を起工。天平5年(733)、河内国茨田郡(大阪府守口市・門真市)に救方院、薦田尼院を起工。天平6年(734)、和泉国和泉郡(大阪府和泉市・泉大津市・岸和田市・泉北郡忠岡町)に隆池院、和泉国大鳥郡(大阪府和泉市)に深井尼院、山城国愛宕郡(京都府京都市)に吉田院、摂津国住吉郡(大阪府大阪市)に沙田院、呉坂院を建立。天平9年(737)、和泉国大鳥郡(大阪府和泉市)に鶴田池院、大和国添下郡(奈良県奈良市・大和郡山市・生駒市)に頭施院・尼院を起工。天平12年(740)、山城国相楽郡(京都府笠置町・和束町・精華町・南山城村)に泉橋院、隆福尼院、山城国紀伊郡(京都府京都市)に布施院とその尼院を建立。天平15年(743)から奈良東大寺大仏建立始まる。天平17年(745)に大僧正となり、平城遷都、大仏鋳造を再開に尽力、摂津国西成郡(大阪府大阪市)に大福院とその尼院、難波度院、枚松院、作蓋部院を建立。天平21年(749)に死去。

【 場  所 】石川県金沢市深谷町

【 概  要 】−行基によって発見された深谷温泉には、平安時代末期の寿永2年(1183)の倶利伽羅峠の戦いで木曽義仲(源義仲・木曽源氏棟梁)に敗れた平家の落ち武者が戦いで受けた傷を治療する為に入湯した伝説が残り、鎌倉時代の永仁2年(1294)には日像上人(日蓮宗の開祖日蓮の孫弟子)が日蓮宗の布教の為に当地を訪れた際、荒廃した深谷温泉を改めて整備してその功能を広く知らしめ、江戸時代初期には剣豪として知られる宮本武蔵が修行で傷つき疲れた体を深谷温泉で癒したとされます。江戸時代中期の寛政元年(1789)、加賀藩(石川県金沢市:本城−金沢城)家老・前田土佐守(加賀八家筆頭)が重い痔に悩んでいたところ、霊夢で深谷温泉に入るよう御告げが下り、早速御告げに従い湯治に訪れると数日後には平癒した事から、前田土佐守が藩に上申し温泉場を整備したとされます。明治時代以降は竹久夢二、近衛文麿、北大路魯山人などの文人墨客が数多く訪れるようになり「金沢の奥座敷」とも呼ばれるようになっています。

【 行基・周辺・史跡 】−行基山伏見寺(石川県金沢市寺町:行基が訪れた際に本尊の開眼供養を行い寺号を「伏見寺」に改めた)

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※ 「行基菩薩と温泉」は「郷土資料辞典」、「日本の城下町」、「観光パンフレット」、「観光地案内板」、「関係HP」等を参考にさせていただいています。ただし、推論、私論ばかりなので最終的の責任は負いかねますので、問題等ありましたら自己責任でお願いします。リンクはフリーですが写真、文章の利用は許可しませんので御理解の程よろしくお願いします。