行基と塩江温泉

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塩江温泉との関係性

【 行基・伝説 】−天平年間(729〜749年)に行基菩薩が開湯したと伝えられています。江戸時代中期に編纂された「安原古跡物語」の「塩江畧縁起」や江戸時代後期に編纂された「安原記(安原村塩井記)」の「塩之井畧縁起」によると、巡錫で当地を訪れた行基は酷い湿疹に罹り、治療や神仏に平癒祈願も全く効果が無く悩んでいると、どこからか聖人が出現し霊泉が湧出る場所を示して姿を消しました。行基は告げられた場所に訪ね、数日の間湯浴びを繰り返すと次第に湿疹が消えていった事から、聖人を守護仏である聖権現として祭ったと記載しています。

【 行基・実・年表 】−天平2年(730)に善源院、船息院、高瀬橋院を起工。天平3年(731)に楊津院、狭山池院、法禅院、河原院、大井院、山崎院、隆福尼院を起工。天平5年(733)に救方院、薦田尼院を起工。天平6年(734)に隆池院、深井尼院、吉田院、沙田院、呉坂院を建立。天平9年(737)に鶴田池院、頭施院を起工。天平12年(740)に泉橋院、隆福尼院、布施院。天平15年(743)から奈良東大寺大仏建立始まる。天平17年(745)に大僧正となり、平城遷都、大仏鋳造を再開に尽力、大福院、、難波度院、枚松院、作蓋部院を建立。天平21年(749)に死去。

【 場  所 】−香川県高松市塩江町

【 概  要 】−塩江の名称は「江」=「井」と考えられる為、塩のような味がする井(水)から成ったと考えられています。行基が発見以後は度々の洪水で井は埋もれ、弘法大師空海が修行した際には湯治を万人に勧めたと云われていますが、再び埋もれたそうです。江戸時代初期の承応年間(1652〜1654年)には肥後国阿蘇郡大井村出身の菊池四郎太夫がハンセン病に罹った為、日頃から信仰していた行基が彫刻した薬師如来像に平癒祈願を行い、満願の日に霊夢に薬師如来の化身が立ち、塩江温泉がハンセン病に功能があるとの御告げがありました。四郎太夫が当地に赴いたものの、既に温泉の井は埋もれ姿形はなかった為、再び薬師如来に篤く念じると、不思議な事にある1点の水面が神々しい光を放った為、干潮をまってその場所に近づくと昏々と霊泉が湧き出していたので、17日間湯浴びを続けるとハンセン病が平癒したと伝えられています。しかし、再び井は埋もれ、本格的な温泉場として整備されたのは江戸時代後期になってからとされます。

【 行基・周辺・史跡 】−一宮寺(香川県高松市一宮町:行基により堂宇の修築)・香西寺(香川県高松市香西西町:奈良時代に僧行基により開創)・無量寿院(香川県高松市御坊町:天平11年:739年、行基が坂田郷(現・鶴尾地区)室山の麓に創建)・東福寺(香川県高松市番町:奈良時代に行基菩薩が開基)・讃岐国分寺(香川県高松市国分寺町:天平13年:741年、聖武天皇の勅願で行基が千手観世音菩薩を本尊として開基)・最明寺(香川県高松市塩江町:大宝元年:701年、行基が彫刻した薬師如来像を本尊として開基)・天福寺(香川県高松市香南町:天平年中:729〜766年に行基が彫刻した薬師如来像を本尊として一宇を設けた)

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※ 「行基菩薩と温泉」は「郷土資料辞典」、「日本の城下町」、「観光パンフレット」、「観光地案内板」、「関係HP」等を参考にさせていただいています。ただし、推論、私論ばかりなので最終的の責任は負いかねますので、問題等ありましたら自己責任でお願いします。リンクはフリーですが写真、文章の利用は許可しませんので御理解の程よろしくお願いします。